「水溜まりに映る」


 
 ゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆら…



【朝のはなし】

ねぇ、何してるの。
「見てる。」
水の中に、何かいるのかい。
「まあね、そんなとこだ。」
ふーん。
「何を見てるのか、きにならないのかい。」
まぁ、少しは。
「冷たいな。」
だって大体わかるんだもの。
「…わかるのか。」
僕も時々同じことをするからね。
「雷蔵。」
でもそれは君が留守のときだけ。今は本物がいるんだから、
「いるんだから?」
ちゃんとこっちを見ればいいでしょう。


「時々無性に見つめていたくなるんだ。」
「僕は割りといつも見つめていたいけど。」


-- ほら、君と僕ってよく似てる --

 …ゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆら…




【昼のはなし】

ぱちゃんっと水がはねた。

「三之助、石投げないでよ。」
「…だって。」
「せっかく綺麗だったのに…」

ゆらゆらゆら、水面は絶え間なくゆれて、ゆれて、ようやくもとの平静を取り戻す。鏡のようにもうひとつの世界を作り出して。

「水ばっか見てて、楽しいか?」
「楽しいよ。」
「おれはつまらない。」
「そう。」

僕はちっともつまらなくないよ、なんて心の中だけでささやいて、数馬はじっと水面を見つめ続ける。

「何見てるんだ。」
「水面。」
「何が映ってる。」
「もうひとつずつ、ぜんぶ。」
「そうだな。」

そらも、木や草花も、それに数馬と三之助ももう一人ずつ。水に映ったお互いを、もうさっきからずっと見つめてる。

「数馬。」
「なに?」
「水に映るお前は綺麗だな。」
「そうかな。」
「でもおれは本物の方がもっとすきだ。」

水の中の三之助は、もう数馬を見ていない。
隣にいる"ほんもの"を、じっと見つめているみたい。
頬がじりじり熱くなって、数馬はなおさら水面から目が離せなくなる。

「数馬もそう思わない?」

またばちゃんと音がたって、もう一人の三之助は渦の中に消えてしまった。投げ込まれた芙蓉の花が、手折られた枝のついたまま浅い水辺に沈んでゆらゆら揺れている。
数馬の熱い頬に、冷たいくちびるがくっついて離れてく。

「だ…って、さ、」
「なに」

僕、本物なんてずっと見つめてたら、きっと全部溶けてなくなっちゃう。
その言葉は言わせてもらえなかった。
水の中の僕らは、ちょっと他の人には見せられないくらいにくっついている。


-- ヤなんだよ、自分にシットとかするの。 --

 …ゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆら…




【夕暮れのはなし】

「今日もっ私はっ美しいっ!!!」
「鬱陶しい。」
「なんだ喜八郎、私の美しさがまぶしすぎて素直に褒めることもできないか、そうかそうか。」
「少し黙るってことはできないの、滝。」

 騒がしく会話をする二人には目もくれず、三木ヱ門は懸命に手にした火気を磨いている。こういった手入れを怠らないのも忍としての心構えのひとつだと、自らが属する委員会の委員長が言っていた。

「このさらりとなびく髪…力の篭った目…ふふん、うらやましいか。」
「黙れって言ってるの。」

げんなりと土を掘り続ける綾部のそばで、滝夜叉丸は止まることなく己を褒め称え続けている。何も意識していないような顔をして、三木ヱ門はふと足元の水溜りに目を留めた。
(…あ、)
少し離れて立っている滝夜叉丸の顔がやけにくっきりと映っている。そのちょうどこめかみにあたる場所に、薄紫色の芙蓉が沈んでいた。

「…という訳で優秀な私は…」
「滝うるさい鬱陶しいあっち行って。」
「まぁ聞け喜八郎、そういった深ァい理由があって私はこんなにも美しいのだ!!」
「…悪くない。」

ぽそりと吐き出した言葉は、彼の耳に届いたらしい。

「ん?何か言ったか三木ヱ門。」
「滝がうざいって言ったんだよ。」
「喜八郎、いくら私が羨ましいからといってもう少し言葉を選べないのか。」


「悪くないって言ったんだ。綺麗だよ、お前。」



少しだけ、時が止まったように辺りは静まり返った。

 それからなぜか保健室に運び込まれた三木ヱ門は、ほんの少し色づいた滝夜叉丸の頬を思い出してこっそり笑った。あのくらいの距離を介してやっと気づくなんて、お前の美しさって言うのはわかりづらいな。



-- 水鏡と、落ちた芙蓉に感謝しろよ --


 …ゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆら・・・





 

企画 "一二飛ばして三のお前" 投稿作品
35.(水溜まりに映る)


【朝】鉢雷
【昼】次数
【夕】三木滝+綾

でした。少し詰め込みすぎた感じが否めません…。本当は食満も出る筈だったのは内緒。
それぞれリンクしてるようでしてないですが(笑)、同じ水溜まりでの出来事です。のんびりした晩夏の一日。
主催者様、素敵企画ありがとうございました。

きぃ 改め 紅音(あかね) 拝
2009.09.28


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